渡辺コラム

自分探しは人と比べること

「自分らしさ」を探して、自分の心の中を一生懸命のぞき込んでいる方へ。

自分らしさは「見つけるもの」ではありません。

さまざまな経験や他者との関わりの中で、「知っていくもの」なのです。


自分らしさは「外からの光」で照らされる

自分らしさは自分の内側に隠されている「宝物」のようなものだと思っていませんか? しかし、自分の心の中でいくら宝探しをしても、自分は見つかりません。

自分らしさを知るというのは、暗闇の中にいる自分を、外側からライトで照らしていくような作業です。

  • 自分は人よりも、こんなことが得意なんだ。

  • 自分は人よりも、こんなことが好きなんだ。

  • 逆に、自分はこれが苦手なんだ。これは嫌いなんだ。

こうした「外(他人)との対比」があって初めて、自分の輪郭が浮き彫りになります。

上下も左右もない無重力の空間では、自分の位置が掴めないのと同じです。 他者という「基準」を持たなければ、何が自分らしさなのかを理解することはできないのです。

「比べなくていい」という優しさが、若者を迷子にする

最近ではよくこんな言葉を耳にします。

「あなたはあなた」 「人と比べなくていい」

これらは元々、過度な劣等感を生ませないための優しい言葉だったはずです。 しかし、結果としてこの風潮が、多くの若者を「自分探し」の迷子にさせてしまった原因だと僕は感じています。

基準のない自分探しは、目的地のない航海のようなものです。 「本当にこれで正解なのか?」「自分に価値はあるのか?」と、比較を避けるほど、むしろ不安は増していくばかりです。

共同作業でこそ活きる「比較の力」

例えば、友人と共同作業をするときを想像してみてください。

日頃から自分と他人を冷静に比較できていれば、「誰に何を任せるべきか」がわかります。 「ここは君が得意だから任せるよ。僕はこっちが得意だから任せて!」 そんな風に、お互いの長所を活かし合えたとき、完成度の高い仕事ができ、大きな達成感が生まれます。

逆に、人と比べることを避けていると、自分の活躍できる場所が見えません。 非効率な失敗が続けば、共同作業そのものが苦痛になり、役に立てない自分に自己肯定感も下がってしまうでしょう。

比較は「罪」ではない。自分を救う「分析」である

それでも、「人と比べるのはいけないことだ」と感じてしまうかもしれません。 でも、大丈夫です。

「自分は周囲に比べて、この分野が得意だな」 そう頭の中で分析することが、誰に迷惑をかけるでしょうか? ……そんなことありませんよね。

誰にも迷惑をかけない思考に、罪の意識を持つ必要はありません。 それは「嫉妬」ではなく、自分を活かすための「分析」なのです。

最後に

自分らしさを正しく知ったとき、人はおのずと「自分らしい道」を歩き始めることができます。

自分の立ち位置が明確になり、進むべき方向が決まったとき。 その時にはもう、人と比べる必要のない自分が、そこにいるはずです。

  • 健康相談
  • お問い合わせ

無料健康相談

メニューを閉じる