渡辺コラム

「努力すれば変われる」と思っていた僕が、アスペルガーの部下と出会って学んだ大切なこと

開業当初は、僕と事務員さん2人の計3人で薬局を運営していました。多い時には1日100人を超える利用者さんが来局されることもあり、現場は毎日てんやわんやの状態。

そんな中、半年ほど経った頃に念願の薬剤師さんが入社してくれたのです。

彼はインドでパワーヨガの修業をし、日本で当時数名しか持っていないという非常に希少価値の高い資格を持っている、一風変わった経歴の持ち主でした。

昼休憩の突然のカミングアウト

彼が入社して1ヵ月ほど経ったある日。昼休憩の何気ない会話の中で、彼がサラッと言いました。

「僕、アスペルガーなんです」 「『旦那さんはアスペルガー』という漫画がおもしろいですよ。まさに僕がいます」

当時の僕は「アスペルガー」という言葉や特性についてよく知らなかったため、「???」と頭にハテナが浮かぶばかりでした。

ただ、正直なところ一緒に働いていて少し違和感を覚える場面があったのも事実です。僕はすぐにアスペルガーに関する本を読み漁り、彼に勧められた漫画『旦那さんはアスペルガー』も買って読み込みました。

勉強した内容について「本当にこういう感覚なの?」と彼に質問すると、彼は自分のわかる範囲でいつも素直に答えてくれました。

  • 圧倒的な過集中

  • シングルフォーカス(一つのことに没頭する力)

  • 好きなこと(彼にとってのパワーヨガなど)で見せる抜群のパフォーマンス

本で学んだ特性の8割以上が、まさに彼に当てはまっていました。

「努力が足りないのでは?」という僕の誤解

しかし、当時の僕は「それが生まれ持った固定の特性である」ということを、どうしても信じ切ることができませんでした。

「人は努力をすれば、苦手なことだって克服できるはずだ」 そう信じて疑わなかった僕は、心の中でこう思ってしまっていたのです。

  • 「彼の努力が足りないだけなのでは?」

  • 「何か成長できる指導法や術があるはずだ」

それからは、何かミスが起きるたびに彼を集めて丁寧に説明しました。

「こういう時は、こう言った理由があるからこう動くんだよ」 「こういう時は、こういう理由で優先順位が変わるんだよ」

彼のためを思って、必死に教え込もうとしていました。

常連さんとのトラブルと、彼の素直な告白

そんなある日、事件が起きます。 いつも来てくださる常連の利用者さんが、彼にこう声をかけました。

「今度、この眼科の薬をこちらでもらうから、あらかじめ用意しといてね」

すると彼は、悪気もなく淡々とこう返してしまったのです。

「その処方箋を本当に持って来てくださるという確証がないので、用意できません」

利用者さんは「嘘つき呼ばわりされた」とカンカンに怒って帰られてしまいました。僕は他の利用者さんの対応中ですぐにフォローに入れず、横で聞いていて冷や汗が止まりませんでした。

業務終了後、彼と反省会を開きました。

トラブルの原因は、「この人は約束をしっかり守ってくれる常連さんだ」という前提情報が彼の頭の中で結びついていなかったこと、そして言葉選びの問題でした。

彼は、自分は情報を関連付けるのが苦手なこと、適切な言葉遣いや表情が感覚的に分からないことを明かした上で、こう言いました。

『僕は普通の人たちのように心が動かないので、みんなが楽しがっている時でも悲しんでいる時でも、何にも感じないことが多いです。 でも、みんなに合わせていた方が波風が立たないので、波風が立たないような言葉や表情を「あてずっぽう」で作るようにしています』

そして、彼との会話の中で今でも一番強く心に残っている言葉を告げられました。

「渡辺さんが僕のためにいろいろ言ってくれていることは、何となくわかります。 ただ、似たようなことは子どもの頃から今までずっと言われ続けてきたんです。 できるものなら、とうの昔にやっています。それが40歳になってもできないんです。 僕を変えるなんて、無理な相談なんです」

5年かけて辿りついた「人を一括りにしない」という答え

彼は2年ほど勤めた後に退社しましたが、次に働きに来てくれたスタッフも偶然同じような特性を持ったタイプの方でした。

試しに、以前彼に投げかけた質問を新しいスタッフにもしてみると、驚くほどまったく同じ答えが返ってきたのです。

最初のカミングアウトから約5年。 僕は長い時間をかけて、ようやく自分の中にあった固定観念を改めることができました。

  • ×「努力が足りないから苦手なままなんだ」

  • ×「正しい努力をすれば誰でも同じように変われる」

人間には、生まれ持った特性があります。

  • 「過去—現在—未来」という線の時間軸で話ができる人もいれば、「現在only」という点の時間軸で生きている人もいる。

  • 視界全体を広く捉えられる人もいれば、一つの点に焦点を合わせると周りが全く見えなくなる人もいる。

見えている景色も、感情の動きも、時間の捉え方も人それぞれ違います。同じ映画を見ても全く違う感想が生まれるように、感覚の違いがある以上、同じ枠組みで指導すること自体が間違いだったのです。

人によっては「能力を伸ばす指導」ではなく、「持っている特性の中でどう工夫するかを一緒に考える指導」が必要なのだと気づかされました。

おわりに

今の僕が行き着いた結論は、とてもシンプルです。

  1. 割り切ること

  2. 工夫すること

  3. 人間を一括りにしないこと

当時の彼の誠実な言葉と姿勢のおかげで、僕は経営者としても人間としても本当に大きな学びを得ることができました。

昔は「自分が理想とするお店」を目指すあまり、思い通りにいかなくてイライラ・プンプンすることも多かったですが、今ではそんなことも圧倒的に少なくなりました。

まずはその人が持つ特性をしっかり観察し、その人だけに合った歩み寄りやアドバイスをしていく。 33歳から38歳という格闘の時期を経て、僕は少しだけ寛容になれた気がしています。

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