渡辺コラム

人生の転機(社会人滋賀編)

滋賀で多店舗展開し、急成長した会社に転職した僕。

就職の目的はド真剣接客で有名なK店N店長の下で働き、自分の接客
技術を高め、将来の開業に向けての肥やしにすること。

しかし、目的の店のスタッフが充実しており、当初は他店で調剤業務を
することになりました。
N店長からは「1年後に店の改装があって、その時には人が必要になる
から、それから一緒に働こう」という説明がありました。

調剤店では仲間がたくさんでき、開業した今でも付き合いは続いています。

ただ、調剤部の経営方針が合わず、当時の上層部とは徐々に亀裂が生じ
ていきました。

僕は岡山のH先生直伝の思ったら即行動タイプ。
それに対し当時の上層部は慎重タイプで、リスクが少しでもあると
気し過ぎて行動できないところがありました。

調剤部の上層部からすればリスクへの対策を十分に講じずに動こうと
する僕は危険因子。
もちろん、僕も大きなリスクに関しては慎重になるのですが、吹けば
飛んで行くようなリスクもあります。そんなリスクのことをいつまで
も考えていたら物事は前に進まないと思っていました。

そして1年経とうとした頃

N店長の店の改装は延期されていました。

その頃、僕はこれ以上調剤部勤務が続くなら辞めたいと思うように
なっていたのですが、会社の温情で、販売部と調剤部を半々勤務と
いうことで落ち着きました。

傍で見るN店長は確かにカリスマで、来店されるお客さんがみんな納
得して漢方薬などを購入されていましたし、他のスタッフの物腰の柔
らかさも良く、週に何度も来店されるお客さんもいて、この店は本当
に好かれているのだなと思えました。

スーパーならともかく、薬局に週何度も通う。
衝撃的でした。

N店長は、基本的によく学び前向きで実行力があり、スタッフの提案
にも真摯に耳を傾けてくれる包容力満点の人。
お客さんだけでなく、他店の社員もN店長と話がしたくてK店にやっ
てきました。

この頃は、調剤部への不満も販売部での満足度の高さにかき消され、
会社を辞めたいという気持ちはすっかりなくなっていました。

さらに1年が経つ頃、実際に改装が始まりました。
その改装や新装開店セールなどでは僕も中心に入らせてもらい良い
経験をさせてもらいましたし、N店長が僕の意見を採用してくれたこ
とで、利益を大きく上げられたことはとても自信になりました。

そして、やっと100%N店長のいるK店で勤務できると思った頃に、
N店長から話がありました。

N店長「渡辺君、ドラッグS店の店長になってくれない?」

僕「えっ???」

N店長「S店は難しい状況にあるし、ここでやってくれた改革を向こう
でもやってほしい」

僕は、「目的とも約束とも違う、、、」と思ったのですが、N店長の
頼みであるし、N店長に頼らない環境で、販売をやるのも良い経験に
なるかなと思い、了解しました。
(基本的にプラス思考)

S店勤務を始めた僕。
現職の店長との引き継ぎ期間を2ヵ月程度持って店長就任。

当時の僕は、店の状況的に「お店を変えていこう!」と言えば誰でも
一緒の方向に向って行けるものだと思っていたのですが、実際にはそ
うはいきませんでした。

S店のスタッフは「変えて行こう!」という言葉に、変わる不安や変
えられる怒りのようなものを感じたそうで、すぐに四面楚歌に陥って
しまったのです。

改革の進め方そのものについては謝罪しましたが、それでも、ツラか
ろうが悲しかろうが今のS店の経営状況を変えて行かなければならな
いことには変わりません。

その後は、できるだけ理解を先にしてもらってから行動することを心
掛けていたのですが、それでも成果を焦っていましたし、崩れかけた
人間関係の中で、上手には進めることはできていなかったように思い
ます。

店長に就任して、まずはN店長の真似をしたダイレクトメールを出し
たのですが反応は薄く、棚替えをしようともお客さんは増えず。K店
での改革がスムーズに行ったのは、僕の提案は些細なきっかけに過ぎ
ず、ほとんどはN店長の力であったのだと痛感しました。

それから何とかしようと経営の本を読んで行く中、ピンと来たのが、
自分の経営の目的や人間性を知ってもらえば、それに共感したお客さ
んに来てもらえるというもの。

僕は岡山市のAペットショップでもらった動物たちの近況の載った新
聞を見たことで心が和んだことを思い出し、自分も新聞を作って僕の
考え方やなぜこの商品をお奨めするのかを知ってもらおうと新聞作り
に着手しました。
(これが当薬局で発行しているサンポウ新聞の原型になります)

文章を書くのは元々好きな方なので、苦にはなることはありませんで
した。

この新聞を発行するようになってすぐに変化がありました。
お客さんが増え、そのお客さんが初めて出会う僕と親しく話してくれ
たのです。
相談してくれる人も増え、結果売上も上がっていきました。

結果が出たことで最初に揉めてしまったスタッフとの関係も改善しま
した。完全修復とは言えませんでしたが、、、

どこに着くかも分からない船出は誰でも不安を覚えるものです。
それはいくら事前に説明しても100%拭いさせれるものではなく、
早く目的の島に着くことが一番の安心になることを知ったような気が
しました。

S店の店長になり3年近く経過、一定の成果が出たことで、そろそろ
岡山に帰って開業しようと思ったある日のこと。

僕「N店長。僕もう1年で岡山に帰ります」

N店長「S店は誰がするの?」

僕「確かにS店の次の店長選びもありますので、すぐではなく1年後
 なんです。」

N店長「今のS店は個人でやるには採算がとれる状況にあるよ。引き 
​ 継がない?」

僕「S店はインショップで年中無休です。親戚付き合いとかもありま
​ すので、盆と正月くらいはまとまった休みがほしいですし、 誰かに
​ 任せたとしても心配になってしまいます。店自体に休みがある環境で
 ないと、、、」

N店長「もし、移転して路面店にできるとしたら??」

・・・・・・・・

その後もいろいろとやりとりはあり、後日、最終的に僕が出した決断は、

「その方向でお世話になります。」

というものでした。

家族もいる。岡山で何もないところからスタートするよりも生活は
安定する。夢と現実との折り合いをつける形での決断でした。

その後、F社長の多大なるご助力もあり、今のサンポウ薬局を開業
することになったのです。

F社長からは次のようなお言葉をいただきました。


F社長「こんな話は普通はない。でもお前が今まで頑張ってたか
​ らあった話やで。」


確かに普通にはない良い条件でした。
頑張っている姿というのは誰かが見てくれていて、そこにそっと
手を差し伸べてくれる人がいる。頑張れば頑張るほど、すごい助
け舟が見つかる。それを奇跡と呼ぶのでしょうが、その奇跡は頑
張らないと掴めない。
奇跡は、人の強い想いと人の縁が結びつい
て発動するものなのだと思います。

能力不足で社会人1年目の時には自分の人生どうなるものかと思いま
したが、人に恵まれ、目標としていた開業まで漕ぎつけることができ
ました。

岡山のF薬局のH先生、H薬局のI先生、滋賀のF社長にN店長、
今でも本当にお世話になっています。
お前にチャンスをやって損したと思われないように、世のため人の
ため自分のために、これから頑張っていこうと決心した2013年
の春なのでした。

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